神戸でもぼちぼち活動しています
神戸に戻ってきて9ヶ月。
住まいはいろいろあり未だ仮住まい暮らし。気持ちも落ち着かず、仕事をするスペースはもちろんなく、家事を片付ける効率も当然悪い。子どものモノと私の仕事の本や文書が混在。モノを探せば半日仕事、正直限界でした。なんとか先月狭いながらも住処を見つけ、今はその引っ越しに向けて動いています。とにかく1日も早く落ち着いて、エンジンをかけたい気分で過ごした9ヶ月。
そんなある日、子どもの学校のオフィスで大学時代の先生とバッタリ会いました。拝見した瞬間に思わず声をかけてしまいました。講義は少人数のものだったとはいえ、20数年前にゼミでもなく、週に一コマ取っていただけですから、当然私の事など覚えてなかったでしょう。
先生は今も大学で教鞭を取っておられて、20数年前の教え子とここで会えるとは思わなかったとのこと。
というのも先生は子どもの小学校の卒業生になります。現在理事をされていて、学校に来られたのでした。つまり子どもと私の二代に渡り先生にお世話になっているのでした。
なんだか私の受けた教育と子どもの教育がリンクしたような嬉しい気分でした。先生も驚いて、喜んでらっしゃいました。
その後も先生と学校でお会いする機会があり、関西の華僑の方々の聞き取りをする研究会にお誘いいただき、参加することにしました。
神戸は華僑の方々が多く住んでいますし、南京町もあります。でも私自身その歴史や背景についてよく知りません。中国に少しの間住んでいたのも「縁」、最近子どもの学校や街で華僑の方々とお話しすることが増えました。せっかくの機会ですから参加させていただくことにしました。
私は華僑の方々の世界はよく知りませんので、会に参加してもまだオブザーバー状態ですが、毎回勉強させていただいてます。
前回は神戸華僑歴史博物館と同じ建物で行われ、館長の藍さんが博物館を案内してくださいました。
知ってますか?横浜、神戸、長崎と日本には昔から三都市に中華街がありますが、どれも以前は「南京町」と呼んでいたんですって。
横浜は戦後外国船の船員などの出入りが多くなるとともに治安が不安定になり、呼び方を変えることで新たなイメージをつくり、新しい街づくりが行われたそうです。
南京町にも確かに外国船員が出入りするようなバーが何軒もあったのを覚えています。でも関西は地名を変えることに抵抗のある土壌もあり、そのまま残して観光客が気軽に入れる今の街をつくったそうです。
「江戸」から「東京」のように気分一新してから街の改革にとりかかるか、昔の名前に恥じないよう街を建て直すか。
華僑の方々にも関東、関西の違いがあることに興味深くお話しを聞きました。
関東の方は「神戸の中華街って小さい」とよく言われますが、「南京町」はあくまでも観光客も歩ける商店街で、関帝廟や中華同文学校、歴史を感じる広東料理店など、生活感のある風景は元町駅の北側にあります。
私も子どもの学校へ行くとき、楽しんで歩いています。
こんな風に神戸の生活もぼちぼち始めています。













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